イズハ91
『ではそこの角を左に曲がって下さい。シャッターがありますね? その手前でしばらくお待ち下さい』
「ちょっと待て」
階段をのぼり、M13の弾倉に入っている弾丸が殺傷能力の無いゴム弾である事を確認しつつ声をかける。
「お前がこれからしようとしている事は、大体見当がつく。……そこで提案だ。パーカッション・リボルバーか、べレッタで使えるソフトポイント弾、もしくはホローポイント弾をよこせ」
苦笑した雰囲気がスピーカーから流れてくる。
『よこせとは……我々には何の利益もないのに?』
「とぼけるのはよせ。利益ならあるだろ? お前は何の為に大沢と手を組んだ? ……ぼくは殺傷能力の高い弾丸は使わないが、武器商人のお前なら持っているだろ?」
沈黙した気配の後、
『……よろしい。ただし、六発。リボルバーに入る六発だけ提供いたします。貴方なら、六発もあれば充分でしょう。今、部下に届けさせます』
舌打ちしそうになるのを堪え、幸一は了承の合図に頷く。一分後、一人の黒スーツが六発の弾丸を手渡していった。幸一はその弾丸を古めかしい旧式回転拳銃に収めていく。
そして、右眼に左手をかざし、コンタクトレンズを外す。上げられた顔には金銀妖眼の異相。左眼は日本人特有の黒瞳、だがコンタクトレンズが取り外された右眼は、澄んだ碧眼。
その手は、震えている。恐怖を完全に打ち消す事など、自分には出来ない。自分に出来たのは、恐怖を誤魔化し、震えながら戦う事だけだった。
『彼との戦場は、このビル四階全てです。監視カメラを壊した場合は……わかっていますね? 時間は一時間以内。彼を殺さず、出来る限り無傷で仕留めてくれる事を祈っていますよ……やれっ!』
武器商人としてな、吐き捨てる暇は無い。森野の号令と共に、シャッターから極太の腕が突き出された。鉤爪のついた手を無造作に振るう。それだけでシャッターが紙切れのように引き裂かれていく。
幸一は右腕をふるい、M13を右手に収め、左手には腰元の希少金属で作られたモース硬度9―ダイヤモンドに次ぐ硬さ―を誇るナイフを左大腿部の鞘から引き抜く。
『お前の相手は眼の前の人間だ、フランクリン・ヴァーリー!』
「ヌォォオォォ!」
耳栓をしていなければその雄叫びだけで気絶していただろう。サイの異貌にある眼球は血走っており、完全に正気を失っている事が伺える。灰色の皮膚には血管がはっきりと浮き出て不気味に脈動している……何かしらの薬物を注射されたのは間違いない。
シャッターを破壊し終えたフランクは、左手に持った戦斧片手に幸一に突撃。持ち上げた凶器が地面のコンクリートに穿たれる。
幸一はその大振りなモーションを利用し、懐に飛び込む。可能な限り無傷で捕らえようと言うのか、無謀にもナイフで切りかかる。
フランクの右太腿にナイフを突き立てるが……コンクリート相手に突き刺したような感触だ。僅かな傷は出来ているが、血すら大して流れてない。
「ウガァッァァ!」
怒号と共に、左足が動く。懐に飛び込んでいた幸一に、丸太のような太い左足が襲い掛かる。咄嗟に幸一は腕を十字に組み、衝撃に備える。
鈍い音が左腕から聞こえた。放物線を描くことなく、幸一の身体は低空を這って二十メートル先の壁に激突。どうにか受身をとる事は出来たが、有り得ない衝撃に幸一は激しく咳き込む。吐き出した物の中には、血も混ざっていた。
フランクはその間にも地響きを鳴らしながら距離を詰め、戦斧を幸一目掛けて振り下ろす。
幸一はM13を振り上げる。目標は―フランクではなく、振り上げられた斧。直径十三ミリの巨大な牙に凶器が撃たれた事で、フランクは大きくバランスを崩す。それでも斧は手放さないフランクだったが、その隙に幸一は立ち上がり、右腹部に銃撃を集中させる。
「ヌガァァァァ!」
……それでも、フランクの凶行は止まらない。
「……ふむ、さすがですね。殺せないというハンディをつけた状態で、互角にわたりあうとは……もっとも、今まで逮捕、捕縛だけをこなし、殺しを一度も行なわなかった彼は、ハンディと考えていないでしょうが」
愉快そうに笑う森野が見つめるのは、モニターに映し出された黒衣の青年と異形の遺伝子操作兵。
「しかし森野さん、これで本当に俺等の出番はあるんですかい?」
尋ねる大沢は納得しかねるようだ。
「ええ。彼は恐らく、あの化物を殺さずに倒し、彼女を取り返しにやってきますよ。まあ、それ相応のダメージは負っているでしょうから、容易に捕らえられるでしょう」
「この……人でなし!」
未だに身体の自由が取り戻せぬマナは、身体二人の組員に捻じ伏せられている。床に顔を押し付けられつつも、鋭い牙を剥き出しにし、敵意に染まった赤瞳を向けている。
だがこれには森野が肩を竦めて笑い始める。
「何がおかしいのよっ!」